投資基礎講座

本質的価値の定義

本質的価値の定義
山口:キャリアで言うと1999年からM&Aをやっていて、カネボウとかダイエーとか、そういう大きめ(会社の)の再生をやっていました。この時に学んだことは先ほど申し上げたような、「考える」ことについて考えたということ。

本質的価値の定義

「港の中」という環境でイカリをおろす場合、荷捌きに便利なポイントが重要になります。
「沖合」という環境でイカリをおろす場合、安全に停泊できるポイントが重要になります。
停泊する環境が変われば、停泊する意図が変わり、イカリのポイントが変わるわけです。

「言葉が直接に示す意図」 =「イカリを下ろす位置」=「見える意味」
「言葉の停泊点」は、考える対象の本質を見極めるために、言葉の意味の2重性を通して意味文脈を考える「思考のカタ」なのです。「言葉の停泊点」という思考のカタを用いて「自ら思う力」をつけると、多くの知恵やアイディアが生まれます。1つの例をだしましょう。

3.我が家の冷蔵庫がコンビニです

20年ほど前、某コンビニチェーンが初めてテレビCMを流しました。新婚ほやほやのカップルが、テレビ局の女性リポーターからインタヴューを受けているシーンでCMが始まります。
場所はアパート6帖畳一間の新婚カップルの自室。2人は正座し俯きかげん。恥ずかしそうに寄り添っています。その2人にテレビ局の女性リポーターが、容赦ない質問の嵐を浴びせかけているシーン。最後に女性リポーターが質問しました。
「ところで、おたくには冷蔵庫が見当たりませんね?」
女性リポーターに問い詰められ、テレビカメラでアップされた新婚カップルは、いっそう寄り添い合い、再び俯き合います。やがて2人は、俯いたままそっと後ろの窓をゆびさしました. と、指差す窓の向こうには、なんとそのコンビニの看板が光々と輝いているではありませんか。
このテレビCMのオチは「コンビニが我が家の冷蔵庫です」でした。新婚ホヤホヤで、生活のしつらえがまだできてない新婚カップルにとって、コンビニは便利な我が家の冷蔵庫代わりだったのです。そのことを某コンビニチェーンは訴えたかったのです。当時、このCMを見て「いや時代は変わった」と思った人は多かったでしょう。

それから20年の歳月が流れ、時代は大きく変わりました。CMの意図も変える必要があります。今度は某コンビニチェーンの意図ではなく、冷蔵庫メーカーの意図を考えてみます。するとどうなるでしょうか?
コンビニと冷蔵庫の、2つの単語を手掛かりに「言葉の停泊点」という思考のカタを用いて、逆転の発想を行います。主語と述語を入れ替えます。先ほどの「コンビニが我が家の冷蔵庫です」では、コンビニが主語でした。今度は冷蔵庫メーカーを主語にします。

「我が家の冷蔵庫がコンビニです」

冷蔵庫とコンビニの意味文脈がガラリと変わるとお感じになりませんか?例えば主語である家庭の冷蔵庫の価値が、述語であるコンビニの意図によって否定されているとお感じになりませんか?
「冷蔵庫(主語=本質価値)=コンビニ(述語=意図)」という意味文脈は、家庭用冷蔵庫の本来的な価値を否定しているのです。
「何故、否定しているといえるのでしょうか?」

かつての「コンビニが我が家の冷蔵庫です」のCMの意図は、コンビニの価値は家庭のストックポイントで良かったのです。「24時間いつでも開いていて良かった」が、コンビニの新しい価値でした。コンビニが家庭用のストックポイントになるという新しい価値が、家庭用冷蔵庫の意図(ストック)とうまく重なっていました。文脈にねじれがありませんでした。
ところが「我が家の冷蔵庫がコンビニです」のCMの意図は「冷蔵庫の価値はストックポイントです」ではすまされません。述語であるコンビニの意図が、食品が取り出されることに価値があるからです。主語と述語を入れかえる(=前後関係を入れ替える)と、主語と述語との価値関係が180度ひっくり返り、意味文脈ががらりと変わることがあります。では、取り出されて価値のある家庭冷蔵庫とは何でしょうか?

流通業界では、かつて「倉庫」という言葉が日常的に使われていました。現在はほとんど使われていません。倉庫は生産と消費の間にギャップが生じ、需給調整が必要な時代の産物でした。30年前のオイルショック時に、不法なストックで市場操作や相場投機を引き起こす事件が相次いで起きました。冷凍マグロの相場を吊り上げる「マグロころがし」という不祥事が世間を騒がしました。そんな倉庫は今や死語になっています。代わって物流センターとかディストリビューションセンター、ロジスティクスセンターという言葉が使われています。現在の流通業界は、ストックをゼロにする物流システム整備を目指しています。これを家庭用冷蔵庫にあてはめるとどうなるでしょう。
「我が家の冷蔵庫がコンビニです」とは「家庭の冷蔵庫がコンビニの流通センターになる」という意味なのです。流通センターは、セブンイレブンでもイトーヨーカ堂でもかまいません。イオンでもかまいません。すかいらーくやケンタッキー・フライドチキンの流通センターでも結構です。
家庭用冷蔵庫が小売業やサービス業の流通センターになるためには、小売業と同様な機能がつかなければなりません。商品を選択できる機能がつかなければなりません。受発注機能がつかなければなりません。家庭と店が宅配機能で結ばれなければなりません。
それだけではありません。冷蔵庫が主語ということは、家庭用冷蔵庫としての本来的な価値(背景の価値)を、あくまで失わないということです。冷蔵庫のある家庭の台所は、家族のために献立を考えたり、ストックしたり、調理をする場です。家庭の台所には売場にはない独自な価値があります。
「我が家の冷蔵庫がコンビニです」とは、冷蔵庫が家庭の流通センターになることを意味しているのです。そうした冷蔵庫にインターネットなど情報技術が使われる。そんなインターネット冷蔵庫が開発されると、ヒット間違いなしである。こうした冷蔵庫を「空飛ぶ魔法のキッチン」と、筆者は呼んでいます。

自分の周りにある言葉の意味を「言葉の停泊点」という「思考のカタ」で吟味してみましょう。
「フード」という言葉は「食品というモノに価値」を置いた言葉です
「インスタント食品」という言葉は「調理することに価値」を置いた言葉です
「売場」という言葉は「売るものがある」を前提にした言葉です
「買場」という言葉は「買うものがある」を前提にした言葉です
これらの前提を崩すと、今の市場はひっくり返ります。同時に新たな市場の価値文脈が生まれます。言葉の2つの意味を考えるだけで、マーケティングの新しい切り口が次々と生まれます。

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